オレがカイザーと暮らし始めてから一ヶ月が過ぎた。
その間、これといって何をするでもなく・・・オレたちは穏やかな時間を過ごしていた。
カイザーはずっと読書に夢中で、オレはキッチンで片付けをしていた。
そんなある日の午後・・・。
パソコンのスピーカーから、メールの着信を知らせる軽やかな音が響いた。
「カイザー、メールが来たぜ」
オレは本に夢中のカイザーに声を掛けて伝えた。
「ああ・・・。ん?メールか。・・・開いてくれ」
カイザーの指示に従って受信したメールを開いてみる。
『LOVE IS OVER』
これが、メールのタイトル名だった。
「『ラブ・イズ・オーバー』?」
なんだろう・・・。
何かの曲名か・・・?
本文を見てみると全部アルファベットで記載されているが・・・・・・・・・?
「タイトル名の横にカッコがあるだろう」
何だか良く分からないメールに戸惑っているとカイザーが本を読みながら声を掛けてきた。
タイトル名の横にカッコ?
カッコ・・・。
タイトルの横を見ると、確かにある。
『(R3)』
「カッコR3って、何だこれ?」
尋ねると、カイザーは本に目線を向けたまま答えた。
「簡単な暗号だ。R3という指定なら、アルファベット順に右に3つずらす。それだけだ」
・・・Rはライト、Lはレフト。
Rなら右に、Lなら左に指定の数だけアルファベット順にずらす。
・・・なんだか複雑なメールだな・・・。
そう思いながらカイザーをチラッと見てみると本に夢中のまま・・・。
とりあえず、言われたように解読してみるか・・・。
規則性さえ分かれば大して複雑な暗号ではない。
全てのアルファベットをAならD。
BならEへと変換して読むだけ・・・。
・・・。
KがN・・・、LがO・・・、SはV?
・・・えっと・・・『N』『O』『V』『E』・・・の・・・べ?
『NOVEMBER7NAGUMO・・・』
ああ・・・、ノーベンバー・・・11月か。
7・・・?
『NAGUMOKO-JI・・・』
ナグモ・・・コージ・・・。
・・・シ・・・ブヤ・・・センター・・・ガイ・・・Shooting・・・to・・・death・・・!?
「11月7日、ナグモコージを渋谷センター街にて射殺」
!
・・・。
解読に夢中になっているといつの間にかカイザーが、読書を止めてオレの脇に立っていた。
カイザーが口にした言葉。
・・・。
「射殺・・・?」
画面に視線を向けたままカイザーが口にした言葉を繰り返す。
「・・・そうだ。『殺し屋』。それが俺たちの新しい仕事だ」
・・・。
「何か聞きたい事でもあるか?」
・・・黙り込んでいたオレにカイザーから質問を投げ掛けてきた。
・・・カイザーと暮らし始めて一ヶ月。
豪華なマンションと高級家具の品々・・・。
『殺し屋』
『俺たちの新しい仕事』
・・・カイザーの口から出た言葉に不思議と驚きはなかった・・・。
この部屋に連れて来られた時から、普通の生活は送れない・・・全ての過去を断ち切らなければならない・・・なんとなくそんな気がしていた。
・・・。
「カイザーが、悪に手を染めたのは・・・金か?」
殺し屋としてカイザーを手助けする事に取りとめて疑問や質問は浮かばない。
オレの口から出たのはありきたりな質問だった。
だが、カイザーは意外な答えを返してきた。
「俺は悪に手を染めたとは思っていない」
「えっ?」
!
・・・。
思わず今まで画面に合わせていた視線をカイザーへと見上げるとカイザーは静かにオレを見つめたままでいた。
「俺が受ける依頼は全部、尻尾をなかなか掴ませない知能犯だけだ。薬の売人や、人身売買のブローカーとかな」
・・・。
「同じ射殺でも上の命令なら業務で、この手のダニを始末すると悪だとでも?」
・・・オレは今まで狙撃班として何度も狙撃命令に従ってきていた。
それは正義であり、誰かがやらなければならない職務。
そう思っていた。
あの事件までは・・・。
でも、あの事件でオレは・・・。
「それは違う。人の命を奪う事には変わりない。殺しは、殺しだ」
!
・・・殺しは・・・殺し。
・・・オレは、人を殺している・・・。
「ただ・・・」
「ただ?」
「ソイツの命を奪う事で、救われる人がどれだけいるのか、被害者が何人減るのか・・・そうじゃないのか?」
・・・。
そう・・・思いたい・・・。
「そうかも・・・知れない」
カイザーの瞳は強い輝きを放っている。
単純な善悪の比較だけでなく信念を持っている力強さが放つ輝きなのだろう。
「まあ、そうは言っても、確かに人様に言える仕事ではない・・・。裏の仕事だというのも否定出来ない」
・・・殺し屋という裏社会での仕事。
見せ掛けの飾り言葉だけでは生き抜いていける筈なんてない。
全ての過去と引き換えに始まる裏社会での生活。
・・・。
この生活を・・・カイザーとの生活を続けたいオレがいる。
カイザーはオレに裏の顔までを、全て見せてくれた。
・・・。
でも・・・、もし・・・もしオレが、嫌だと言ったら・・・?
オレの頭に浮かんだ疑問。
「お前は断らない」
えっ・・・?
真剣な眼差しで、オレを見つめるカイザーに疑問を口にする前に封じ込まれてしまった。
オレは・・・信用されている・・・。
カイザーの瞳を見れば、確認しなくても分かる。
でも、あまりに澄んだ瞳で見つめられると分かってはいるが、確認してみたい気持ちにもなる・・・。
カイザーに疑問を聞いてみる
疑問を聞かずに黙っている